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福岡地方裁判所 平成8年(わ)568号 判決

主文

被告人を懲役六年及び罰金五〇万円に処する。

未決勾留日数中二一〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

チャック付ポリ袋入り覚せい剤一袋(平成八年押第一二〇号の1)、覚せい剤付着のチャック付ポリ袋一袋(同押号の2)及びポリ袋入り覚せい剤一二袋(同押号の3ないし13、15)を没収する。

被告人から金二六万六〇〇〇円を追徴する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人は、みだりに、営利の目的で、

一  別表のとおり、平成八年一月二九日から同年二月二四日までの間、三〇回にわたり、福岡県久留米市《番地略》所在の甲野アパートA号A方ほか四か所において、Bほか一一名に対し、覚せい剤を代金合計二六万六〇〇〇円及び四万円の約定で譲り渡し、もって、覚せい剤を譲り渡すことを業とした。

二  同月二五日午前二時二〇分ころ、福岡県久留米市《番地略》第三乙山ビル四〇五号の自宅において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する結晶六・五二二グラム(平成八年押第一二〇号の1ないし13、15はその一部)を所持した。

第二  被告人は、法定の除外事由がないのに、平成八年二月二四日ころ、前記自宅において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類約〇・〇五二グラムを自己の身体に注射して、覚せい剤を使用した。

(証拠)《略》

(事実認定の補足説明)

一  弁護人は、被告人は覚せい剤を譲渡することを業としたものではなく、麻薬特例法違反に関しては無罪である旨主張するので、この点について判断する。

二1  顧客の獲得方法、接触方法について

(一) 関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告人は、平成六年一一月に前刑の執行を受け終わって出所したが、職が見つからず、翌一二月ころから、生活のために覚せい剤の密売を始めた。

(2) 被告人は、平成六年一二月ころ、Cに対し、電話で「よかつのあるけんが」などと言って覚せい剤を買うように誘い、それに応じて被告人宅を訪れたCに対し、ポリ袋入り覚せい剤を売り、さらに「今からずっとあるけんが」などと言って継続的に購入するように誘い、その後Cは、平成八年二月八日までの間、月に三ないし四回の割合で、被告人から覚せい剤を購入した。また、被告人は、平成六年一二月ころ、Dに対して、電話で「D、帰ってきたけん。アンポンの仕事ば始めた。生活も苦しかけんで、いるなら俺から買え」などと言って覚せい剤を買うように誘い、Dは、平成八年二月一日までの間に少なくとも約五〇回くらい購入した。さらに、被告人は、平成七年二月又は三月ころ、Eに電話をかけ、以前の付けはいらないから客を紹介してくれるように依頼し、Eは、平成八年二月ころまで、被告人から週一回くらいの割合で覚せい剤を購入した。そして、被告人は、平成七年一二月ころ、F子に対し、「(覚せい剤が)あまり売れんもんの。頼むばい。」と言って客の紹介を依頼し、平成八年一月二一日ころ、F子の依頼でF子方に覚せい剤を持って行ったときに、F子に対し「F子ちゃんやけ、八〇〇〇円でよかたい。そん代り、頼んどくばい。俺方んとが良かろうが」などと言って、客の紹介を依頼し、その後F子は、三回にわたって被告人から覚せい剤を購入した。これに加えて、被告人は、平成七年二月か三月ころには、G子に対し、電話で「薬ばする女の客ば紹介してくれ」などと依頼した上、G子に自分のポケットベルの番号を教えた。

(3) H、I、Jは、被告人の自宅の電話番号及びポケットベルの番号を知っており、E、Kはポケットベルで被告人と連絡を取り、他の顧客は電話で被告人と連絡を取っていた。

(4) 被告人は、F子については、F子から電話で覚せい剤の注文があると、その都度、自らF子方に覚せい剤を届けていたが、F子以外の顧客に関しては、ポケットベルあるいは電話での購入申込みに対して、自宅に来るか、または丙川梅満店から再び被告人に連絡するように指定した上で、判示場所で覚せい剤を手渡していた。

(5) 被告人は、自宅にいないときは、自宅近くのパチンコ店「丁原会館」に行っていることが多かったが、内妻L子に対し、被告人の不在時に自宅に電話があった場合には、「今パチンコに行っていますので、ポケベルで連絡して下さい」と応対するように指示していた。

(6) 被告人は、前刑出所後、定職に就かず、本件で逮捕される平成八年二月二四日まで毎日のように自宅近くのパチンコ店「丁原会館」へ行き、遊技をしていた。

(二) 以上の事実によれば、まず、被告人は、覚せい剤の密売を始めるにあたり、自ら声をかけて客を集めるとともに、知人等に対しても別の客を紹介するよう依頼するなど売り先を拡大するための行為を積極的に行っていることが認められる。

さらに、被告人は、主な顧客に対しては、自宅の電話番号のみならずポケットベルの番号も教え、また、被告人が不在の場合はポケットベルで連絡するように客に伝言するように内妻に指示するなど、いつでも注文を受け付けられる体制を整えていたこと、他に定職を持つこともなく、密売を業とする充分な時間があったことが認められる。

2  覚せい剤の入手先について

被告人は、「極道の世界に入って長いことなどから、覚せい剤の仕入れについては、その関係者に連絡すれば容易に手に入る。極道の関係者から仕入れていたことは間違いなく、その関係者から約五グラムの覚せい剤を五万円で仕入れていた。仕入れの回数は月に三、四回だった。注射器は一本五〇〇円で仕入れていた。」などと供述(乙三三)している。これによれば、被告人は、仕入先を確保して継続的、安定的に覚せい剤を入手していたことが認められる。

3  覚せい剤の密売利益について

被告人は、五万円で仕入れた約五グラムの覚せい剤を、電子計量器を使用して、約〇・三グラムの覚せい剤が入った一五ないし一六袋に小分けし、一袋について一万円で顧客に販売し、注射器については、一本につき一〇〇〇円ないし二〇〇〇円で販売していた。

そして、被告人は、平成六年一二月に覚せい剤の密売を開始した当初のころは、顧客が少なかったが、自ら又は知人等を通じて顧客の獲得に務めたため、次第に顧客が増え、平成八年二月二四日に本件で逮捕されるまで、一か月に一五グラムから二〇グラムの覚せい剤を密売し、一か月に四五万円くらいから六五万円くらいの覚せい剤を売って、三〇万円くらいから四五万円くらいの純利益をあげていた。

三  これらの被告人の顧客の獲得方法、顧客との接触方法、覚せい剤の入手先、覚せい剤の密売利益等の状況からすると、判示期間中における被告人の覚せい剤譲渡行為は、もはや単発的な営利目的譲渡行為にとどまるものではなく、もっぱら不正な利益の獲得を目的として営業的に行なわれたものと認めるのが相当である。

なお、弁護人は、被告人は内妻と長男及び長女の四人家族であるところ、被告人の内妻が勤務するスナックから月額二二、三万円の収入を得ており、他に児童扶養手当として年間五一万円の収入があり、これに加えて、被告人には暴力団組員の活動の一環としての債権取立て及び事件の仲裁による報酬や所属する暴力団組長からの小遣い等の収入があったことを理由に麻薬特例法八条所定の「業とした」ものではないと主張するが、「業とした」と言えるか否かは、その行為が客観的に見て営業行為と評価できるものであるか否かが問題であって、覚せい剤譲渡による収入の他に収入があったとしても、なんらその犯罪の成立を妨げるものではないと言うべきである。

四  したがって、弁護人の前記主張は採用できない。

(累犯前科)

一  事実

1  平成二年一一月二〇日福岡地方裁判所久留米支部宣告

暴力行為等処罰に関する法律違反の罪により懲役一年二月

平成三年一二月三一日刑の執行終了

2  平成五年七月一六日福岡地方裁判所八女支部宣告

暴力行為等処罰に関する法律違反の罪により懲役一年六月(1の刑の執行終了後の犯行)

平成六年一一月二六日刑の執行終了

二  証拠 《略》

(適用法令)

罰条

第一の一の行為 国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)八条四号(覚せい剤取締法四一条の二)

第一の二の行為 覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項

(第一の一及び同二の行為は包括して重い麻薬特例法八条四号の一罪)

第二の行為 覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条

刑種の選択

第一につき 有期懲役刑及び罰金刑を選択

累犯加重(第一の懲役刑及び第二)

いずれも刑法五九条、五六条一項、五七条(第一につきさらに同法一四条)

(三犯)

併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(重い第一の罪の懲役刑に同法一四条の制限内で法定の加重)

未決勾留日数の算入

刑法二一条

労役場留置

刑法一八条

没収

覚せい剤取締法四一条の八第一項本文

追徴

麻薬特例法一七条一項(一四条一項一号)

訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑事情)

本件は、覚せい剤の譲渡を業とし(第一)、また自ら覚せい剤を使用した(第二)という事案である。被告人は、覚せい剤の密売という違法行為を業として行い、一か月足らずの間に一二人の客に対して合計三〇回計九グラム余りの覚せい剤を譲渡しており、覚せい剤の害悪を広く社会に拡散させたものであって、その刑事責任は重大である。第一の犯行の動機は、生活費を稼ぐため、また、自分で使用する覚せい剤を入手するためなどというもので、酌むべき点は認められない。また、出所後まもなく密売を始め、その延長線上の行為として第一の犯行を行い、自らも覚せい剤を常習的に使用するなど、被告人の覚せい剤との関係には根深いものがある。そして、被告人は、覚せい剤取締法違反の罪を含む罪で一回懲役刑に処せられたほか、多数回懲役刑に処せられて服役し、自らの行動を省みる機会が何度もあったにもかかわらず、本件を敢行しており、遵法精神の欠如は著しい。

他方、被告人は客観的な事実関係については素直に認めていること、本件について反省している旨述べ、今後は覚せい剤との縁を切り、所属している組織からも脱退したいと述べていることなど、被告人のために酌むべき事情も認められる。

これらの諸般の事情を総合考慮し、主文のとおり刑の量定をした。

(求刑 懲役七年及び罰金五〇万円、覚せい剤の没収、二六万六〇〇〇円の追徴)

別表

番号、犯行日時(平成八年)、犯行場所(福岡県久留米市)、譲受人、覚せい剤、覚せい剤の量、代金

1、一月二九日、《番地略》の甲野アパートA号P方、B、フェニルメチルアミノプロパンの塩類、約〇・三グラム、一万円

2、一月二九日、《番地略》の第三乙山ビル四〇五号の被告人方、H、右同、右同、右同

3、一月三〇日、右第三乙山ビル前路上、M、右同、約〇・六グラム、二万円

4、二月一日、右第三乙山ビル前路上、I、右同、約〇・三グラム、一万円

5、二月一日、右被告人方、D、右同、右同、右同

6、二月一日、右被告人方、N、右同、右同、右同

7、二月一日、右被告人方、J、右同、右同、右同

8、二月一日、右被告人方、H、右同、右同、右同

9、二月一日、《番地略》「丙川梅満店」駐車場、E、右同、右同、右同

10、二月三日、右被告人方、J、右同、右同、右同

11、二月三日、右被告人方、H、右同、右同、右同

12、二月四日、右「丙川梅満店」駐車場、E、右同、右同、一万円の約定

13、二月五日、右被告人方、N、右同、右同、一万円

14、二月五日、右被告人方、J、右同、右同、右同

15、二月五日、右被告人方、H、右同、右同、右同

16、二月八日、右被告人方、C、右同、右同、一万円の約定

17、二月一〇日、右第三乙山ビル前路上、M、右同、右同、一万円

18、二月一二日、右被告人方、O、右同、右同、右同

19、二月一四日、右第三乙山ビル前路上、I、フェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩結晶、約〇・二五七グラム、右同

20、二月一四日、右被告人方、H、フェニルメチルアミノプロパンの塩類、約〇・三グラム、右同

21、二月一五日、右被告人方、O、右同、右同、右同

22、二月一六日、《番地略》のF子方、F子、右同、右同、八〇〇〇円

23、二月一九日、右第三乙山ビル前路上、J、右同、右同、一万円

24、二月一九日、右被告人方、H、右同、右同、右同

25、二月二〇日、右F子方、F子、右同、右同、八〇〇〇円

26、二月二〇日、右被告人方、K、右同、右同、一万円

27、二月二一日、右被告人方、J、右同、右同、右同

28、二月二三日、右第三乙山ビル前路上、J、右同、右同、一万円の約定

29、二月二三日、右被告人方、H、右同、右同、一万円の約定

30、二月二四日、右被告人方、K、右同、右同、一万円

(注) 番号5のDについては、Cを介して譲り渡したものである。

(裁判長裁判官 陶山博生 裁判官 鈴木浩美 裁判官 村中玲子)

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